出演者からのみどころガイド
8月某日、今公演に出演する中村鶴城さん、東野珠実さん、西陽子さんが、鳥養潮作曲の新作に向けての初稽古の為、日本橋にある稽古場に集まりました。鳥養氏はNY在住の為、不在の中での初見演奏でしたが、3人の楽譜の解釈による見事な演奏は圧巻!
今回は、出演者のみなさんにお話しを伺いました。
古くて新しい琵琶の弾き語り・・・・・・中村鶴城
中村鶴城プロフィール
中村鶴城
中村鶴城(なかむら かくじょう):琵琶演奏家。1957年宮崎市生まれ。早稲田大学第一文学部美術史学科卒業。17歳の時、チェロのパブロ・カザルスの演奏に深く感動し、これが音楽活動の原点となった。筑前琵琶を初代藤巻旭鴻に、薩摩琵琶を鶴田錦史に師事。琵琶楽探求のため楽器製作も修得する。『琵琶を知る会』『音に聽く』『琵琶・弾き語りの魅力』『中村鶴城琵琶リサイタル』などソロ演奏活動を多数自主企画。近年は作詞・作曲を積極的に行い、弾き語りの世界に新しい題材を求めると同時に、詩のための「詩曲」、和歌のための「連詠」などの音楽形式を確立し、琵琶楽世界の表現の幅を拡げることに努力している。一方、現代音楽の分野では、武満徹作曲《ノヴェンバー・ステップス》《エクリプス》《秋》などのソリストとしてパシフィック・ミュージック・フェスティバル、サイトウキネン・フェスティバル松本、米国タングルウッド音楽祭、長野冬季オリンピックなど国内外の音楽祭や国際舞台、またNHK交響楽団をはじめとする定期演奏会に数多く招かれ、小澤征爾、シャルル・デュトワ、クリストフ・エッシェンバッハらの指揮でオーケストラとの共演をかさねてきた。

 演奏されている楽器について、簡単にご紹介いただけますか?

中村 : 琵琶の発生は古代ペルシャ時代です。日本に伝来した正倉院の五弦琵琶が教科書にも載っています。私が演奏する薩摩琵琶が出てきたのは室町時代の終わりくらいからですね。
薩摩琵琶は、弦をしめ込むことで豊かな音色を生み出します。胴と弦の間にはめ込まれた駒に高さがあり、駒と駒の間を押さえてしめこみ、音色に変化を出します。弦は絹糸を使い、ゆるく張っておくのも他の弦楽器と異なるところですね。

 バチがすごく大きいです。

中村 : そうでしょう。何といっても大きなバチが特徴ですね。つげの一枚板で作りますが、数百年経った根っこのところからしか取れません。スリバチという奏法の効果を生み出すために、演奏のたびごとにバチの裾という部分を研いで、鋭いエッジを出します。
琵琶の奏法は、「弦を弾く」「胴を敲(たた)く、打つ」「弦を擦る」。弾くだけでなく打楽器的奏法や擦弦(さつげん)の3つの奏法を合わせると、非常に豊かな表現力を生み出せるのです。
呼吸のプロセスがそのまま音になる笙・・・・・・東野珠実
東野珠実プロフィール
東野珠実
東野珠実(ひがしの たまみ):笙演奏家/作曲家。1989 年より国立劇場主催公演に参加。雅楽古典から現代音楽にいたる様々なジャンルの創作・演奏に携わる。Yo-Yo MA 主宰The Silk Road Project、CCMIX (Centre de Creation Musicale Iannis Xenakis in Paris)に招聘されるなど、国内外で活動。ISCM、ICMC、国立劇場作曲コンクール第一位・文化庁舞台芸術創作奨励特別賞、日本文化芸術奨励賞等、作曲および笙の演奏を通じ国内外にて受賞多数。HERMES Tokyo Opening、JAXA 宇宙ダンス プロジェクト『HITEN』等で音楽担当。2011年坂本龍一プロデュースにてCD『ブリージング・メディア〜調子〜』をリリース。 その他John Cage『Two3, Two4』全曲録音、『Scenes of Spirits』など。 "Breathing Media Arts"、"From The Eurasian Edge”を展開。ソロ活動の他、雅楽団体伶楽舎に所属。
http://www.shoroom.com

 楽器の歴史が古そう、と言えば、笙もそんな印象ですが

東野 : そうですね。3,500年くらい前からあるそうで中国の古代遺跡から出土しています。その時から笙にはリードが付いていて、パイプに共鳴させ増幅して音を出す、機械のように複雑な機構を持っていたというところも面白いですね。

 間近に見る機会の少ない楽器です。冷めていると音が出ないことも、はじめて知って驚きました。他にはどのような特徴がありますか。

東野 : 吹いても吸っても音が出ることでしょうか。古典の大曲「調子」では30分近く、唇を楽器から離すことはありません。もう一つの特色はその音の広がり。人間には 20Hz〜20,000Hz(単位はヘルツ)の周波数しか聞こえないそうですが、笙は60,000Hzを超える超音波が発せられます。
その音色からスピリチュアルな印象を持たれる方も多い楽器ですが、そもそも笙の属する雅楽が神様と交信するためとも言われている音楽だったからかもしれません。
楽器自体は精度の高さを追求して改良され、それぞれの国毎に独自の発展を遂げていきますが、日本では17本という1400年前の伝来時の原型を保持しつつ、それに磨きをかけ洗練してゆくという方向で現代まで伝わっています。
自然に寄り添う自由な音律の箏・・・・・・西陽子
西陽子プロフィール
西陽子
西陽子(にし ようこ):筝曲家。和歌山県出身。沢井忠夫・沢井一恵の両氏に師事。東京藝術大学音楽学部邦楽科卒業。卒業と同時に皇居内桃華楽堂で御前演奏。平成5年度文化庁芸術研修員。2008 年〜2009 年ソロコンサート「SPIRIT OF A TREE 〜 YOKO NISHI KOTO CONCERT 〜」アメリカツアー(ニューヨーク・ワシントン・シカゴ)、ハンガリー・ドイツツアー(ブダペスト・ベルリン・ケルン・フランクフルト・ミュンヘン)を行い、演奏とインタビューがドイツ主要4 都市でラジオ放送される。2010 年上海万博にてソロコンサート。コロンビア大学客員研究員として赴任(〜 2012)。2011 年「植物文様」「ファンタスマ」「四季・熊野」に続き、ソロアルバム「月夜の海」をリリース。フルートとのデュオNINA DUOとしてカーネギーホールで公演。2012 年にはさらに新しいCDのリリースやイタリア・ブラジル公演を予定。新作初演、復元楽器の演奏、国内外のアーティストとの即興演奏、洋楽器やオーケストラとの共演、他分野の邦楽家や美術家・作家・詩人とのコラボレーション、自作自演等ソロ活動は多岐にわたる。現在ニッポン放送「藤沢周平傑作選」の音楽を担当。根源的な視点から筝を見つめ、自由な発想と感性でさまざまな活動を展開している。

 西さんが演奏される楽器、「箏」ですが、これはいわゆる「お琴」とは別物ですか?

西 : 良くされる質問です(笑)。一般的には当用漢字の「琴」が通用していますけれど、元々は琴と箏は違う楽器なんですよ。「柱(じ)」と呼ばれる、まん中にたくさん立っているブリッジがあるか、ないか。柱が立っているのが箏でこれの位置で音の高さを決めていきます。自由にチューニングができる楽器です。

 琵琶や笙にも共通することですが、楽器自体が美しいですね。

西 : 木目の美しさ、弦の美しさですね。胴の木目で音色も変わるんですよ。
素直に育った木目のものから「一生の中で、いろいろあったのだろうなぁ」というものまで、まるで人間のよう。
先程、中村(鶴城)先生から、琵琶は4〜5百年も寿命のある楽器だとお話を伺っていたのですが、箏は乾燥が大敵で寿命は人間の一生分くらいです。

 「お箏の演奏」というと、素人には、ゆったりとしたイメージがありますが。

西 : 箏の奏法があまり装飾の色をつけることはせずシンプルだからでしょうか。音律もピアノのような絶対音階ではなく、相対的に採っていきます。
私は、音を出すまでの時間や、出した後の時間が大事で、音はその空間を創るきっかけになると思っています。ですからできるだけ音を削って、少なくして・・・・・・ 一音出したことによってそこに漂う空間や宇宙を感じてもらう。一音に漂う空間と宇宙を楽しむのが箏だと思っています。
画期的な試み、箏・琵琶・笙の組み合わせ

 今回ご披露いただく楽曲について、教えていただけますか?

曲目 : <空海>より上段「嵐の海へ」作詞・作曲 中村鶴城
中村 : 古典的な様式に基づいて私が作詞・作曲した現代曲です。声明系の発声法を受け継いだ地声で歌います。
時代時代でタイムリーな題材を曲にし、皆に伝えていくのが、琵琶での弾き語りの伝統であり、役割だとも感じています。ですから常に時代の新しい物語を創らなければならないのです。
古くて新しくなければならないというのが語り物としての琵琶です。古典的な様式を基に新しい題材を創り、綿々と語り継がれてきたんだと思いますね。

曲目 : 「調子」/「two3」作曲ジョン・ケージ
東野 : 「調子」は季節や色彩などの象徴性を持ち、現在の雅楽では舞楽のはじまりに合奏されるが、ソロ演奏曲として十二分の魅力を放つ名曲。
「two3」はケージ晩年の作品で、実はマルチメディア上演曲のための映像が存在します。今アメリカからの入手を試みているのですが、もしそれが手に入れば、映像と音楽との融合は今回日本初上演となります。「乞うご期待」といったところですね!

曲目 : 「六段」/「青森蛙」作曲高橋悠治/「植物文様第十一集」作曲藤枝守
西 : 400年くらい前に作曲された古典の名曲「六段」。6分かけて徐々に速くなっていく曲で、そこをどう弾くかで演奏家の個性が滲み出ます。江戸時代には、プロの演奏家は目の見えない男性に限られていました。そのため、楽譜もメモ程度のものなのです。それがかえって、演奏家の個性を出せる自由さを生んでいます。
「青森蛙」は、自然の風景を箏で表していて、その中である物語が語られます。最小限の音で違った世界に連れて行かれるという風な曲。
「植物文様第十一集」は、植物から出ている脳波をデーターに変換すると綺麗な文様が描かれます。それを音楽にした、植物の声のような作品です。
いろんな音階を、いろんな世界を体験できるのは箏曲の魅力です。

 鳥養潮作曲の新作について、実際に合わせてみられて、いかがでしたか?

西 : 初めての組合せですよね。
中村 : そうでしょうね。琵琶はもともと弾き語りの独奏楽器ですし、平均律的な楽器とは共演が難しい楽器です。
東野 : 現代といった時代性が自然に反映されつつ、日本の音楽が持っている古典的な響きを拡張していって生まれる音楽ですね!
今回の公演は、西洋目線の音楽の作り方や、海外からの視点という意味ではなく、日本の「古典」にプラスしていく、という「Traditional+」の拡張のスタンスが新鮮です。
体感する日本の音
箏・琵琶・笙をはじめとする日本の伝統楽器が出す倍音(感じ取りにくいが実は鳴っている音)には人の脳神経に強く作用する音も含まれているといわれています。今回のアンサンブルは複雑な音の響きを味わえそう。
日本の音楽には、ししおどしの音によって静けさを実感するというような、感覚を呼び覚ますものがあるような気がします。
空間の中に音がどのように滲んでいったか、という聴覚的な体験。その空間でなければ味わえない一期一会の音の拡がりや、「間」を体感する楽しみ方は、能動的に耳を澄ましてこそ味わえるもの。静寂や余韻を楽しむ日本人が育んできた文化体験を、ぜひ、ライヴで味わってください!